Feb 05, 2008
『東京ソーダ水』キャスト・インタビュー
「東京以外の場所に行くなんて考えられません(笑)」(by上津原 佐和子)
東京に暮らす8人の女性の視点で東京を描いた『東京ソーダ水』。数々の名作、話題作を手掛けて来た奥山和由がプロデュースしたドキュメンタリー映画の本作は、 “日々変わりゆく東京に住む女性たちは何を考え、何を感じているのか?”を独自の視点で切り取り、東京の孤独感や空虚感を映し出してゆく。
しかし、「東京に住む女性で、最近凄く環境が変わった人」をキーワードに取材対象に選ばれた上津原佐和子さんには、孤独感や空虚感はなく、むしろ楽観的でポジティブな印象を持った。撮影当時、ちょうど芸能事務所“クイーンズファクトリー”を設立したばかりだったという彼女に当時のことを尋ねてみると、「“この映画が完成する頃、自分はどうなっているかな?”と不安はありましたが、“絶対大きくなってみせる!”とも思っていました(笑)」。あれから1年たった現在、事業は順調に成長し、相変わらず忙しい毎日を過ごしているという。
常に変化を繰り返しながら、その姿を変え続けている大都市、東京。劇中、“この街には「何でもあるが、何もない」”とナレーションが入る。だが彼女にとっては、「東京は幻想ではなく、夢を叶えてくれる場所です」ときっぱり。「刺激的でありながら、落ち着く場所でもあって……。他の場所に行くなんて考えられません(笑)」。
この作品で映し出される東京に、あなたは何を感じますか?
取材・写真・文=間宮 うり/Uri MAMIYA
プロフィール
上津原 佐和子/Sawako UETSUHARA
1981年(生月日不詳)生まれ。出身地不詳。(株) クイーンズファクトリー代表取締役。青山学院女子短期大学芸術学科卒業、慶應義塾大学文学部(通信)在学中。グラビア等でタレント活動をしながら、演劇制作や他のタレントのマネジメント業務を行ない、会社設立に至る。
『東京ソーダ水』
アイズプロジェクト/飯塚 敏明 作品
(ユニット監督/髙田雅之、安池 卓、
渡辺 浩太、樋口 哲史、西野 基久、
宮田 淳広、小野寺 昭憲、タミヤ ヨシナリ)
2007年/日本/76min./カラー/
ヴィスタ/ステレオ
(C)2007『東京ソーダ水』製作委員会
1月12日~渋谷 UPLINK Xほか全国(地方は順次)
2008 02 05 [記者会見レポート] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック
Jan 09, 2008
『かぞくのひけつ』スタッフインタビュー
「自分が受け入れ難い他人をどう受け止めるかということが大事」(by 小林 聖太郎)
オンナ癖の悪い父(桂雀々)と嫉妬深い母(秋野暢子)を両親に持つ高校生の賢治(久野雅弘)は、今日も母親から父親の尾行を頼まれ、父親の彼女(ちすん)とのデート現場を発見! 何とか父親を諦めて貰おうと説得するのだった。そんなオンナ癖の悪い父を見て育った賢治にも恋人の典子(谷村美月)がいたが、ある理由から一歩踏み出した関係に進めずにいた……。リドリー・スコットの『ブラック・レイン』の舞台にもなった大阪市淀川区の十三(じゅうそう)を舞台に、私たちのすぐ身近にある“家族”と“恋”を、日常の笑いと涙で綴ったハートウォーミングな人情劇『かぞくのひけつ』が渋谷ユーロスペースにてレイトショー公開中だ。(以降全国順次公開)
第47回日本映画監督協会新人賞に輝いた本作を手掛けたのは、井筒和幸(『ゲロッパ!』(『パッチギ!』)、根岸吉太郎(『雪に願うこと』)、森﨑 東(『ニワトリはハダシだ』)ら、日本映画界を支える巨匠たちの助監督として活躍してきた小林聖太郎。大阪出身の小林が、“等身大の、ありのままの大阪人を描きたい”とメガホンを取り、鋭い観察眼で大阪の軽やかさと喧騒を心地好いリズムで描き出した。
そんな小林は言う。「特に大阪色を出そうと意識はしなかったのですが、同じ話を東京でやると笑いにはならなかったかもしれませんね」。
そもそも、大阪十三の第七藝術劇場の復活記念作品として製作された本作。紆余曲折はあったが、最終的には家族をテーマにすることに。「家族って、人間関係の最小単位じゃないですか。自分と違う人と集団を作る時に、許すというか、自分が受け入れ難い価値観をどう受け止めるか?ということが大事だと思うんです」。
だが「ちゃんとした喜劇映画をやりたかった」という小林だけあって、深刻になることなく、軽快で絶妙な笑いのツボが満載。主人公の賢治の久野、母親役の秋野、父親役の噺(はなし)家の桂雀々を始め、大阪出身のキャストで固めたことが功を奏した。「でも今回は小規模で、やれることが限られてたので、出来のいい併映作を目指そう、と。2本立を観て、意外に観るつもりじゃなかった方が面白かった、ってことあるじゃないですか。“面白い映画だったけど何てタイトルだっけー?”みたいな(笑)。いわゆる“B面”(笑)気楽に観てもらいたいですね」
最後に、街を舞台にするなら次はどこで撮影したいかを聞いてみると、「この間、ミシェル・ゴンドリーの助監督をやったんですけど、“何で東京は自由に撮影できないんだ? パリだったら何でも撮れるのに!”って何度も言われたんで、ホントにパリなら何でもできるのかやってみたいですね(笑)」。
取材・写真・文=間宮 うり/Uri MAMIYA(ライター)
プロフィール
小林 聖太郎/KOBAYASI Syoutarou
1971年3月3日生まれ。大阪府出身。1995年、原一男が開いた「CINEMA塾」に第一期生として参加。1996年から1998年にかけて原のドキュメンタリー『映画監督浦山桐郎の肖像』の助監督を務める。その後、劇映画の演出部として『ナビィの恋』(1998、中江裕司)『ホテルハイビスカス』(2002、中江裕司)、『閉じる日』(2000、行定勲)『えんがわの犬』(2000、行定勲)『ぶりてぃウーマン』(2002、渡邊孝好)『ゲロッパ!』(2002)『パッチギ!』(2004)『ニワトリはハダシだ』(2003)、『雪に願うこと』(2005)等、数多くの作品に関わる(カッコ内は製作年)。本作が監督デビュー作となる。
『かぞくのひけつ』
シマフィルム=第七藝術劇場=スローラーナー/
小林聖太郎作品
2006年/日本/83min./カラー/
ヴィスタ(DV)/ステレオ
(C)2006 シマフィルム
渋谷・ユーロスペースにて絶賛上映中!1/19(土)よりポレポレ東中野にて2週間限定上映決定!(以降全国順次公開)
2008 01 09 [記者会見レポート] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック
Dec 20, 2007
『カンナさん大成功です!』キャストインタビュー
「自分に満足し、自信を持って歩んでいくことが大切だと思います」
(by キム・アジュン)
「私が愛されないのは、太っているから。キレイじゃないから」と幸せになれない理由を並べて、自分に言い訳を続けてきたカンナ(キム・アジュン)。そんな彼女が、愛する人から好かれるために、そして幸せになるために、決死の一歩を踏み出す。それは誰もが予想しなかった大胆な一歩、“全身整形”という、まさに命がけの決断だった……。鈴木由美子の人気同名コミックを韓国が映画化し、あの『猟奇的な彼女』『僕の彼女を紹介します』を超え、韓国ラブコメ史上No.1ヒットを記録した『カンナさん大成功です!』(12月15日~シネカノン有楽町1丁目ほか全国)が絶賛公開中だ。
監督は、デビュー作『オー!ブラザー』(2003)に続くこの長篇2作目にして大きな成功を手にしたキム・ヨンファ。そしてヒロインのカンナを演じたのが、大型新人のキム・アジュンだ。「これまで、女性が持っているコンプレックス、“ルックス至上主義”を真っ向から描いた作品は韓国にはなかったんです」と語るキム・アジュンは、この作品で韓国のアカデミー賞、大鐘賞の主演女優賞を受賞。劇中の90%以上に出演し、95kgのカンナに変身する際には毎日4時間かけて特殊メイクを施したのだそう。
そんなキムは、「この作品の魅力はいろいろな要素をバランス良く取り込んだところだと思います。韓国では、興行成績が良いとあまり作品評価が良くなかったり、その逆のことが起きたりするんですが、この作品は両方でいい結果を出すことができました」と自信を覗かせる。
美人というより可愛い顔立ちに、身長170cm、体重48kgという抜群のスタイル。“ぶっちゃけ、フラれたことないでしょ?”と女の醜い嫉妬をチラつかせながら聞くと、「そんなことないです……もちろん、あります……」と小さい声で答える。そんなキムに、同性の筆者も思わず“ドキっ! カ、カワいい……”というか、彼女をフルなんてどれだけ見る目がない男なんだろう……と。「思いを秘めるタイプですね。全く相手に気持ちを伝えられません。そんな素振りも見せないから誰も判らないんです(笑)。でも、フラれた経験があるからこそ、この映画に生かせたんだと思います」と、どうやら本作で自身とカンナを重ねた部分もあったようだ。
そんな彼女がこの映画で学んだこととは一体何だろう?「自分が望んだものを手に入れても、本当の自分に満足できていなければ幸せな人生とはいえない。“本当の幸せって何だろう?”って、自分を振り返ってみることは必要です。それをこの映画を通して伝えられればと思いました。自分に満足し、自信を持って歩んでいくことが大切だと思います」。女性なら誰しもが悩み苦しむ死活問題(!?)を、笑いあり涙ありで描いたこの作品。自分に自信をなくしてしまった女性たちにこそ見て欲しい、珠玉のラブ・コメディだ。
取材・写真・文=間宮 うり/Uri MAMIYA(ライター)
プロフィール
キム・アジュン/Ajoong KIM
1982年10月16日生まれ。韓国(出身地不詳)出身。スカウトがきっかけでモデルとなる。雑誌モデル等で活躍し、2004年に『オッケドンム』でスクリーン・デビュー。TVの大河時代劇「海神―HESHIN―」で男勝りな護衛兵士を演じ、一躍注目を浴びる。その後、TVドラマ「別れの法則」(2005)映画『クァンシクの弟クァンテ』等で着実にキャリアを積み、2005年秋のTVドラマ「変な女、変な男」で主演に抜擢され、お茶の間の人気者となった。そして歌にも挑戦した本作が興行的にも批評的にも成功を収め、“キム・アジュン シンドローム”と呼ばれる程のブームを巻き起こした。今後が楽しみな若手女優である。
『カンナさん大成功です!』
“200 POUNDS BEAUTY”
WB/キム・ヨンファ作品
2006年/韓国/116min./カラー/
ヴィスタ/ドルビー(SRD:SR)
(C)2007 KM Culture co,ltd. All Rights Reserved./KM
12月15日~シネカノン有楽町1丁目ほか全国
2007 12 20 [記者会見レポート] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック
Nov 22, 2007
『肩ごしの恋人』スタッフ・インタビュー
「友達の実体験が一番参考になりました。というか、それが一番じゃないですか(笑)!!」(by イ・オンヒ)
直木賞を受賞し、63万部の大ベストセラーとなった唯川恵の恋愛小説が、韓国で映画化された。それが『肩ごしの恋人』(11月23日~お台場シネマージュほか全国〈地方は順次〉)。幼馴染みの親友同士なのに性格が正反対のジョンワン(イ・ミヨン)とヒス(イ・テラン)。二人それぞれの恋愛模様を、ソウルの最新スポットを背景に生き生きと描き出した、韓国版『SEX AND THE CITY セックス・アンド・ザ・シティ』ともいうべき作品だ。
「国境を越えて共感できる内容でしたし、何よりストーリーが面白かった」と映画化のきっかけを語った監督のイ・オンヒ。続けて「原作の良さを残しながら、自分や同年代の友達の目線を加えて自分なりの作品に創り上げました」と語るように、劇中のガールズ・トークは女性なら誰しも経験したことのあるリアルな本音ばかり。「周りの友達の実体験が一番参考になりました。というか、それが一番じゃないですか(笑)!!」。
主人公の二人には、『純愛中毒』『タイフーン』のイ・ミヨン、TVドラマで活躍する『噂のチル姫』のイ・テランを抜擢。「イ・ミヨンさんは高校生の時から好きな女優さんだったので、今回ぜひお願いしたいと思って。イ・テランさんは女性っぽくない役が多かったので、今回は思いっきり女性っぽい役をやって欲しいと思ったんです」。そんな二人の、正反対の性格を反映させた最先端の衣裳や家具も見ていて楽しい。「イ・ミヨンさんが着ている衣裳の4割は、実際に彼女が着ている物なんですよ。あの特徴的なネイルも!」ということなので、スクリーンをよーく観て欲しい。
「映画のコンセプトとして、雰囲気を可愛くしすぎないことに注意しました。だから、家具とかも寒色系にして冷たい感じにしたんです」。イ・オンヒ、デビュー作『アメノナカノ青空』で見せた独特の演出力と感覚的な映像は、この最新作でも健在。「私は結婚していないので、状況から考えるとジョワンのタイプかも」とクールに自己分析する彼女が女性のために創った本作は、女性なら必見だ。
取材・文=間宮 うり/Uri MAMIYA(ライター)
プロフィール
イ・オンヒ/Eon-hie LEE
1976年生まれ(生月日不詳)。韓国出身(出身地不詳)。韓国芸術総合学校映像科の第1期生として学ぶ。監督デビュー作は2005年の『アメノナカノ青空』。また、『子猫をお願い』(2001)のチョン・ジュウンは韓国芸術総合学校での同期にあたり、イ・オンヒもスタッフとしてこの作品に参加している。その他、『チャ・テヒョンのハッピー☆クリスマス』(2004、イ・ゴンドン)では脚本を手掛けた。今、韓国映画界で期待される若手女性監督の一人。
『肩ごしの恋人』
“LOVE EXPOSURE”
ショウゲート/イ・オンヒ作品
2007年/韓国=日本/101min./カラー/
スコープ/ドルビー(SRD:SR)
11月23日~お台場シネマージュほか全国〈地方は順次〉
2007 11 22 [記者会見レポート] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック
Nov 19, 2007
『ソウ4』キャストインタビュー
「このシリーズは凄い旅だったよ。これからも旅は続くと思うけど……。」(by トビン・ベル)
世界中を恐怖のどん底に陥れたソリッド・シチュエーション・スリラー・シリーズの最新作『ソウ4』(11月17日~TOHOシネマズ六本木ヒルズほか全国)が、いよいよ日本に上陸する。
『ソウ3』でジグソウ(トビン・ベル)と弟子のアマンダ(ショウニー・スミス)は死んだ。だが今再び、ゲームが始まる……。果たして、今度のゲームを操っているのは何者なのか?
「凄い旅だったよ。これからも旅は続くと思うけど……。とにかくジグソウは、凄いポテンシャルを持ったキャラクター。一緒に仕事しているチームも楽しいし。とても密なコラボレーションを取れてきたと思う。それはとても珍しいこと。テレビや映画の世界はトップ&ダウンが激しいけど、このシリーズには皆で分かち合って行こうという責任感がある。それが作品を良いもので満たして来たと思うよ」と、第4作目までの感想を語ってくれたトビン・ベル。
シリーズが誕生してから最新作まで、“悪”のアイコンとなったジグソウを演じ続けて来た彼が、今回初めての来日を果たした。実際の彼は劇中の冷たい印象とは違い、「あっ、ジグソウの人形はこっちに置いとこうね(笑)」と場を和ませてくれるジェントル・マンだ。
そんな彼にジグソウという人物をどう受け止めているのか聞いてみると、「友達をよく知るためにいろいろと質問するように、僕もジグソウに質問したりしたんだ。でも理路整然とした答えは出てこないし、都合のいい答えばかり。とても複雑な人間だね。それを人に説明するのも難しい。具体的なシーンを言ってもらえれば、その時に彼がどう感じたか言えるんだけど……。彼の感情は“たまねぎ”のようなもので、1枚剥けばまた違う感情があったりする。その積み重ねで、1つではなく、複雑な感情が形成されるんだ。でも彼は君たちと何ら変わりないと思う。たまたま彼がスクリーンに映し出されてしまっただけだと思うよ」。
最新作では、ジグソウの過去がまた新たに明かされて行く。恐らく観客は、1枚1枚剥がされていく彼の感情や行動に驚きと納得を同時に感じるだろう。「人生というのは1つの形に決まっていない。我々がどう解釈するか? どんな経験をするのか ?どういうふうにエネルギーを使うのか? だと思う。いろいろな道があるけど、ジグソウはある信念に導かれて1つの道を選ぶ。この映画に人生の答えがあるとは言えないけど、ね。答えは自分たちで見つけきゃいけないんだと思う。僕も人生を模索中(笑)。ま、何と言っても映画だし、皆に楽しんで欲しい」と語りながらも、「皆を考えさせるから、この映画はヒットし続けているのかもね(笑)」とイタズラっぽく笑うベル。あなたはこの映画から何を思う?
取材・文・写真=間宮 うり/Uri MAMIYA(ライター)
プロフィール
トビン・ベル/Tobin BELL
1942年8月7日生まれ。アメリカ、ニューヨーク出身。ボストン大学卒業後、モントクレア州立大学で環境教育修士号を修得。ニューヨークのアクターズ・スタジオで一流の指導者から演技を学び、数々の舞台に出演する。1988年に『ミシシッピー・バーニング』で映画デビューを果たし、以後、『グッドフェローズ』(1990)『ザ・シークレット・サービス』(1993)『ザ・ファーム/法律事務所』(1993)等、どんな役でもこなせるカメレオン俳優として活躍。そして、ジグソウ役を得た『ソウ』シリーズ(2004~)で、その地位を確立した。次回作は“HIGHWAY61”(2008)が待機中。
『ソウ4』
“SAW Ⅳ”
アスミック・エース/
ダーレン・リン・バウズマン作品
2007年/アメリカ/93min./カラー/
ヴィスタ/ドルビー(SRD:SR)※R-15指定作品
(C)MMVII Lions Gate Films Inc. All Rights Reserved
11月17日~TOHOシネマズ六本木ヒルズほか全国
2007 11 19 [記者会見レポート] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック
Oct 23, 2007
『ふみ子の海』スタッフインタビュー
「映画館を出た後に、観客が胸を張れるような映画を創りたかった」
(by 近藤 明男)
新潟県の高田盲学校で教鞭をとり、生涯を視覚障害者の教育に捧げた粟津キヨの少女時代を描いた、市川信夫の同名小説に基づくヒューマン・ドラマ『ふみ子の海』(10月13日~シネスイッチ銀座ほか全国〈地方は順次〉)。昭和の初め、新潟県頚城郡で生まれたふみ子(鈴木理子)は、貧しさゆえの栄養不良がもとで幼くして失明してしまう。母チヨ(藤谷美紀)は絶望し、一度は心中を考えるが、それでも希望を失わないふみ子の姿に思いとどまるのだった。そして8歳となったふみ子は、高田盲学校の教師、高野りん(高松あい)と出会い、点字に巡り会う……。
「映画館を出た後に、観客が胸を張れるような映画を創りたかった」と語るのは、増村保造や市川崑ら名匠、巨匠の助監督としてキャリアを積んできた監督、近藤明男。今回もベテランのスタッフを揃え、その確かな手腕を発揮。ノスタルジックな雰囲気を伝えるために時代考証を念入りに行い、更に観客の情感に響く演出で作品に深みを生み出している。
「いい小説ほど映画化は難しいと思います。原作とケンカしてしまう場合もありますから。だから、原作者の市川さんに根気強く説得しました」。その結果、原作者の市川さんが「この物語が世に出てから20年、たくさんの人に助けられて映画になりました。美しい越後の風景の中、障害を越えて健気に生きる少女たちの姿をたくさんの方に観ていただきと思います」と納得する作品が仕上がった。
「映画は、観る人の思い出や感情が作品とダブる時に感動するもの。ふみ子はいろいろな女性たちとの巡り合わせによって生きていきます。リトマス試験紙じゃないけど、この作品には、観る人それぞれが自分の心の中で引っ掛かっているものに反応する部分が必ずあるんだと思う」
あなたが今、何か悩んでいるとしたら、この作品の中にその答えがあるかもしれない。一人ゆっくり、ふみ子の生き方と向き合ってみてはいかがだろうか?
取材・写真・文=間宮 うり/Uri MAMIYA(ライター)
プロフィール
近藤明男/Akio KONDO
1947年(生月日不詳)生まれ。東京都出身。早稲田大学卒業後、大映に入社。増村保造や市川崑ら名匠、巨匠の下で助監督として映画人としてのキャリアをスタートさせる。1972年からはフリーランスの助監督として多くの作品に参加。主な作品に増村保造の『大地の子守歌』(1975)『曽根崎心中』(1977)、日米合作テレビ映画『将軍 SHOGUN』(1979)、高田賢三の『夢・夢のあと』(1980)、市川崑の『ビルマの竪琴』(1984)等、多数。1985年、オールフランスロケの『想い出を売る店』で監督デビュー。現在はテレビ作品等の演出も手掛け、活躍の場を広げている。
『ふみ子の海』
パンドラ=シネマディスト/近藤明男作品
2007年/日本/105min./カラー/
ヴィスタ/ステレオ
(C)2007 C.A.LAll Rights Reserved.
10月13日~シネスイッチ銀座ほか全国(地方は順次)
2007 10 23 [記者会見レポート] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック
Oct 11, 2007
『カタコンベ』スタッフインタビュー
「普通の人に起こる突然の狂気を題材にした作品を創りたかった」(by マーク・バーグ)
大ヒットになった『ソウ』シリーズ(2004~)の製作陣が、実在するパリの地下墓地“カタコンベ”を舞台に新感覚スリラー創り上げた。それが『カタコンベ』(10月6日~お台場シネマメディアージュほか全国)。パリに暮らす姉キャロリン(アリシア・ムーア)の元を訪れたヴィクトリア(シャニン・ソサモン)は、世界で最も美しい都市の地下で、身の毛もよだつ壮絶な体験をする……。
「『ソウ』シリーズのような、普通の人に起こる突然の狂気を題材にした作品を創りたかった」と話すのは、本作をプロデュースしたマーク・バーグ。これまで『ソウ』シリーズを筆頭に、『マイ・フレンド・フォーエバー』『ジョンQ―最後の決断― 』等を手掛けた敏腕プロデューサーだ。
本作も『ソウ』シリーズ同様、スリラーの中に“生と死”のメッセージ性を強く入れ込んでいる点が興味深い。「恐怖の中にメッセージを込めることは、『ソウ』シリーズで発見したんだ。なかなかそのことに気づく人は少ないけど、『ソウ』シリーズを含めて目指しているジャンルだね。人生は一度きりでリハーサルはない。だからこそ、生きている限りいろいろ挑戦して欲しいし、自分がどう扱われたいかを念頭に置きながら、他人に接する大切さに気づいて欲しいんだ」。
今回も新人監督を起用。それが作品を新鮮なものにしているのもバーグらしい。しかも、グラミー賞に輝くスーパースター“P!NK”ことA・ムーアが姉のキャロリン役で出演、X-JAPANのYOSHIKIが映画のメインテーマを手掛けるという組み合わせも面白い!
「P!NKは、普通の女優にはないものを持ち込んでくれると思ったからね。それに家が隣で、“映画に出せ”って言われて、ね(笑)。でも、彼女をチョイスして間違ってなかったよ。YOSHIKIは音楽監修の友達が知っていて、今回お願いしたんだ。彼も作品を気に入っているし。えっ、日本での彼の人気は凄いって? そうなんだ。じゃ、今度、彼に演技してもらおう! 『ソウ5』で殺される役なんてどうかな(笑)」と、雑談しながらもアイデアを出してくるバーグ。
でも、それは冗談では済まないかもしれないのだ……。 実は、現在撮影中のパリス・ヒルトン主演のホラーミュージカル“REPO! THE HE GENETIC OPERA!”で、YOSHIKIはエグゼクティブ・プロデューサーと音楽総監督を務めており、これから活躍の場が広がる可能性があるからだ。
最後に、気になる本作の続篇について聞いてみると……。「最初、エンディングを2通り考えていたんだ。今のエンディングと、今回で完結するバージョンとね(笑)」。……ということは、もしかしたら『カタコンベ2』があるということ、かも!?
取材・写真・文=間宮 うり/Uri MAMIYA(ライター)
プロフィール
マーク・バーグ/Mark BURG
生年月日不詳。アメリカ、ニューヨーク州出身。エボリューション・エンタテインメント/ツイステッド・ピクチャーズの共同創設者として才能豊かなスタッフ、キャスト陣を集め、『さよならゲーム』(1988)等を手掛ける。2004年最大のヒット作となった『ソウ』ではプロデューサーを務め、ライオンズゲートとの配給契約を結ぶきっかけを作った。また『ソウ』の監督・脚本チームであるジェームズ・ワンとリー・ワネルの新作“SILENCE”では製作総指揮を務める。その他の作品に『ジョンQ-最後の決断-』(2002)等、多数。
『カタコンベ』
“CATACOMBS”
デジタルサイト/
トム・コーカー&デヴィッド・エリオット作品
2007年/アメリカ/94min./カラー/
ヴィスタ/ドルビー(SRD、DTS:SR)
10月6日~お台場シネマメディアージュほか全国
※R-15指定作品
2007 10 11 [記者会見レポート] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック
Sep 18, 2007
『明るい瞳』スタッフインタビュー
「“真実”を伝えるために使われるコミュニケーションツールは
“身体”なんだよね」(by ジェローム・ボネル)
兄夫婦と同居しているファニー(ナタリー・ブドゥフ)。誰からも愛されてないと感じている彼女は意志の疎通が上手く出来ず、他人からは“心に病を抱えた女の子”と思われていた。そんなある日、兄嫁の秘密を目撃してしまった彼女は、とある自分の願いを叶えるため旅に出ようと決意するが、初めて体験する外の世界に戸惑いを隠せない。そんな時、ファニーは言葉の通じない木こりのオスカー(ラルス・ルドルフ)と出会い……。
上手く社会に馴染めない一人の女性。その内面の変貌をファンタジックに描いたのが、この『明るい瞳』(9月1日~シアター・イメージフォーラムほか全国〈地方は順次〉)だ。作品のテーマについて「“孤独”“コミュニケーション”“視線”」と語るのは、新鮮味があって叙情的な本作が評価され、若手監督にとって最高の栄誉の1つである“ジャン・ヴィゴ賞”を受賞したフランス映画界期待の若手、ジェローム・ボネル。
童話的要素を盛り込んだこの作品で特に特徴的なのは、言葉という音を際立たせた前半と、自然の音を豊富に入れ込んだ後半における演出の違いだ。「前半は、言葉の通じる人間同士なのに全くコミュニケーションが取れない状況。後半は、言葉の通じない人間同士の豊かなコミュニケーションが存在するという状況なんだ。以前から、言語がコミュニケーションの障害になる、という典型的な考えの逆を描いてみたかったんだ」。
先日取材した『ベクシル2077日本鎖国』の曽利文彦もそんなボネル同様、個人間のコミュニケーションの不足をテーマにしていた。どうやらこれは様々な形で私たちの社会に影を落としている問題のようだ。
「後半、言葉は不在であるにも関わらず、言葉の通じないオスカーとファニーの間には深い人間の交流が誕生していく。言わば言葉が不在のコミュニケーション。言葉というのはコミュニケーションの中でも、特に“嘘”をつくために使われる道具だと言えるんじゃないかな。じゃあ、“真実”を伝えるために使われるコミュニケーションツールは何かというと、“身体”なんだよね。中でも“視線”=“目”というのは、人と人とのコミュニケーションにおいて最も大切なものになってくると思う。僕はそういったことを描きたかった」。
そう語るボネルは、キャストやスタッフとのコミュニケーションを大事にしているという。「一番大事にしているのは、彼らとのコミュニケーション。それは、映画とは全く関係のない日常会話の中から生まれることが多いね。そうすることで、自然と仲間意識、連帯意識が生まれてくる。その意識が彼らの、“こういうふうに役作りをしよう”と考える創意工夫の基礎になるんじゃないかな」。
改めて、人と人が直接接する大切さや温かさを感じさせてくれる。そんな作品を手掛けたボネルの話を聞くにつれ、日本特有の“呑ミニケーション”も実は良いコミュニケーションの場なのかな、と感じたのでした……。
取材・写真・文=間宮うり/Uri MAMIYA(ライター)
プロフィール
ジェローム・ボネル/Jerome BONNELL
1977年(生月日不詳)生まれ。出身国、地不詳。パリ第三大学映画科卒業。1999年に短篇“FIDELE”で監督デビュー。その後、2本の短篇を完成させ、2001年に“LE CHIGNON D’OLGA”で長篇デビューを飾り、2002年のシカゴ映画祭国際批評家連盟賞を受賞した。本作は長篇2作目にあたる。また2007年3月には第3作目“J’ATTEND QUELQU’UN”がフランスで公開された。フランス映画界期待の新人。
『明るい瞳』
“LES YEUX CLAIRS”
アステア/ジェローム・ボネル作品
2005年/フランス/カラー/87min/
ヴィスタ/ドルビー(SRD:SR)
9月1日~
シアター・イメージフォーラムほか全国〈地方は順次〉)
2007 09 18 [記者会見レポート] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック
Aug 31, 2007
『厨房で逢いましょう』スタッフインタビュー
「エーラーの料理を食べて自分の価値観を見直したね」(by M・ホーフマン)
「私は好きなものを好きなように作っただけ」(by F・エーラー)
料理の腕は超一流だが口下手。そんな孤高の天才シェフ、グレゴア(ヨーゼフ・オステンドルフ)が、平凡な主婦エデン(シャルロット・ロシュ)に恋してしまう。でも彼が出来ることは、彼女の胃袋と食欲を満たしてあげることだけ。やがて彼女への熱い想いは看板料理である“官能料理(エロチック・キュイジーヌ)”へと注がれ、その味は人々の舌と心をとろけさせてゆくのだが……。
それが、“食欲の秋”が近づいてきたこの季節にピッタリの、心と目に美味しい大人の恋の映画『厨房で逢いましょう』(8月25日~Bunkamuraル・シネマほか全国〈地方は順次〉)だ。今回は、既に公開が始まり好調な動員を続けているこの作品の監督、ミヒャエル・ホーフマンと、作品のためのオリジナル料理を創作した料理人、フランク・エーラーに話を聞いた。
「とにかくヨーゼフ・オステンドルフをシェフ役に起用したかったんです。彼は“楽しむことに重きを置く人間”で、美食にお金を惜しまない人。大きなお腹を持つことを人生の目的にするなんて凄く魅力的だよ! それに僕は、“美味しい料理が人生を変える”という考え自体があるのかどうか自分でも確信がなかったけど、(フランク・)エーラーの料理を初めて食べた時にそれを確信できたんだ。美味しい料理って、自分が持っている価値観をもう一度見直すきっかけになったり、“マテリアルなことばかりを重視しすぎていたのではないか?”と考えさせてくれるんだよね」と作品のきっかけについて話すのはミヒャエル・ホーフマン。
彼が語るように、スクリーンに映し出される、巨漢のグレゴアが素材を愛おしそうに料理する姿や、彼の料理を文字通り“皿を舐めて”楽しむ登場人物たちの姿等が、私達も共感できるたくさんの“喜び”を再認識させてくれる。
そして、もう1つの主役とも言える映画のオリジナル料理を手掛けたのが、監督の料理への価値観を変えたフランク・エーラー。ドイツの5つ星ホテル「エルププリンツ」の料理長を務め、数々のレストランガイドや批評家から絶賛されている。「料理をする時はまっさらな気持ちで向き合うんだ」という彼は、「監督から“エロチック・キュイジーヌ”についてのアイデアや指示があったわけではなく、私が私の好きなものを好きなように作っただけ。“何を作るのか”が問題なのではなく、“どう作るのか”が問題でした」と今回の料理について語ってくれた。
しかし劇中登場するチョコ・コーラ・ソースだけは……。「もちろんそんな物は存在しません。エーラーはそのソースを作って(再現)くれたけど“ふざけた代物だ”と怒っていたんだよ。冗談で“それならいっそレシピを教えてくれ!”って言ってたよ(笑)」とホーフマン。エーラーも100%自由には出来なかったようだ……。
ところで、そんなエーラーによって筆者も価値観を覆されたことが……。それは“たばこ”。料理人はたばこを吸わないと思っていたのだが、エーラーは取材中、気持ちよさげにたばこをスパスパ。思わず“たばこを吸うんですね・・・”と尋ねると、「たばこを吸うことによって味覚に影響が出るわけではないし、私が作った料理の味に影響が出ることもないよ。例えば音楽を操る人がハーモニーを理解しているように、色彩、私の場合は材料を見ればどのような味になるか判るので、自分の料理を試食する必要はないんだ。だから何も問題はないんだよ」。
さすがは5つ星シェフといったところ!? そんな彼による料理がスクリーンを埋め尽くすこの作品。くれぐれも空腹時に観ないようにご注意を……。
取材・写真・文=勝丸 京子/Kyoko KATSUMARU(ライター)
プロフィール
ミヒャエル・ホーフマン/Michael HOFMANN
1961年(生月日不詳)生まれ。出身国・地不詳。放浪の旅をし、フランスの映画学校FEMISで学んだ後、1988年から1990年にかけてCMスポットを製作。1991年以降、フリーの脚本家、監督として活動。1994~1995年、ミュンヘンの脚本学校の奨学生となる。1998年、初の劇映画“DER STRAND VON TROUVILLE”で製作・監督・脚本を手掛ける。2作目の“SOPHIIII!”(2001)でドイツ映画賞監督部門支援賞を受賞。3作目となる本作では2006年ロッテンダム映画祭観客賞、2006年ペサロ映画祭観客賞を受賞した。今後の活動に注目したい。
フランク・エーラー/Frank OEHLER
1964年5月9日生まれ。ドイツ、ムッセンハウゼン出身。1978年から1981年までドイツの名店“レストラン・ベンツ”で修行した後、ドイツ南部のリゾート地、ムルナウの“レストラン・アルペンホーフ”、湖畔ホテル&レストラン“ズィーバー”、バイエルン北部の町、ヴェルトハイムの“シュヴァイツァー・シュトゥーベン”で料理に励む。その後、ロンドンのアントン・モシマンの店で副料理長を務め、スイス、バーゼルの“トイフェルホーフ”でも同じく副料理長となる。1995年に自らオーナーを務める“D’Rescht”を開店。そして2005年には5つ星ホテル“エルププリンツ”の料理長となった。数々のレストラン・ガイドで絶賛される料理人だ。そのモットーは“美味なるものに論争の余地はない”。
『厨房で逢いましょう』
“EDEN”
ビターズ・エンド/ミヒャエル・ホーフマン作品
2006年/ドイツ=スイス/98min./カラー/
ヴィスタ/ドルビー(SRD:SR)
8月25日~Bunkamura ル・シネマほか全国(地方は順次)
2007 08 31 [記者会見レポート] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック
Aug 23, 2007
『ベクシル 2077 日本鎖国』スタッフインタビュー
「この作品で描いた世界は、結構現実的だと思っているんですよ」(by 曽利 文彦)
21世紀初頭、バイオテクノロジーやロボット産業の市場を独占していた日本に対し、国連は安全性や倫理的な問題から技術規制を強化しようとした。しかし日本政府はこれに反発し、2067年からハイテク技術を駆使した“完全なる鎖国”をスタートさせる。それから10年。鎖国によりベールに包まれた日本の内情を探るため、米国特殊部隊“SWORD”の精鋭が日本へ潜入する……。
今から70年後の日本の姿を3Dライブアニメという最先端の技術で映像化した『ベクシル 2077 日本鎖国』(8月18日~丸の内プラゼールほか全国)。監督はVFXスーパーバイザーとして日本やハリウッド映画界で活躍する曽利文彦。実写とVFXを融合した大ヒット作『ピンポン』(2002)の監督、3Dアニメ『APPLESEED アップルシード』(2004)のプロデュース等を経て、今回自らの監督で新たな3Dライブアニメを実現させた。そのきっかけを訊ねると、「今はメールや携帯等のテクノロジーによってサポートされたコミュニケーションが多く、相手と直接対話をする機会が少なくなっています。個人間のコミュニケーションの不足、情報だけでつながる個人と個人の社会から情報が遮断された時に個人が見えなくなる恐怖を感じたことが、この作品へのイメージに拡がっていきました」。
曽利が得意とする最先端技術によって人間の原点を見つめ直したこの作品だが、実写よりCGを選択したのは何故だろうか? 「今回、3Dライブアニメにしたのは、このレベルの物語を実写化するの日本ではまだ難しいから。でもこの作品に関して言えば、自分の中ではアニメというよりも実写と同じ意識で撮りました。それはとても画期的なこと。というのも、今までの日本映画では実写化できないスケールの物語は諦めざるを得なかったのが、CGを使うことで実写の演出論のまま映像化できる時代がきた、ということなんですから!」。
その言葉通り、布や煙、砂埃や雪等の柔らかい物の質感はもちろんのこと、キャラクターの繊細な表情やアクションをリアルに描いた技術は圧巻だ。ロカルノ映画祭オープニング上映を皮切りにその映像クオリティの高さが世界各国から絶賛され、邦画では異例の世界75カ国での上映が既に決定している。「最初からインターナショナルコンテンツを目指していたので、世界中の人たちに観てもらいたいという意識がありました」と自信を持って語る曽利。
そんな彼にテクノロジーの未来を聞いてみると、「この作品で描いた世界は、結構現実的だと思っているんですよ。アンドロイドがどれぐらい進化するかということは別にしても、世界情勢やその周辺の細かいところは結構あり得る範囲ではないかと……。個人的にはテクノロジーはそれほど進まないんじゃないかとも思いますが、これからの人類は寿命を操作し始めるような気がします」。
映像だけでなく、個人間のコミュニケーションを忘れた時に起りうる日本の姿もリアルなこの作品。映像だけではなく、その奥にあるテーマにも注目ながら観たい。
取材・写真・文=勝丸 京子/Kyoko KATSUMARU(ライター)
プロフィール
曽利 文彦/Fumihiko SORI
1964年(生年月日不詳)生まれ。大阪府出身。映画、テレビのVFXスーパーバイザーとして活躍中の1996年、ジェームズ・キャメロン創設のデジタルドメイン社に参加。『タイタニック』(1997)でCGアニメーターを務めた。邦画では『アンドロメディア』(1998)、『秘密』(1999)、『ケイゾク/映画』(2000)等でVFXスーパーバイザー。その他、TBS系の『百年の物語』(2000)、『池袋ウェストゲートパーク』(2000)等、数多くのTV番組のタイトルバック、VFXシーンを担当。2002年、斬新な映像が話題を呼んで大ヒットとなった『ピンポン』で監督デビュー。2004年には『APPLESEED アップルシード』をプロデュース。デジタル映像に関して世界でもトップクラスの知識と能力を持つ映像クリエイターである。
『ベクシル 2077 日本鎖国』
松竹/曽利文彦作品
2007年/日本/107min./カラー/
ヴィスタ/ドルビー(SRD:SR)
©2007『ベクシル』製作委員会
8月18日~丸の内プラゼールほか全国
2007 08 23 [記者会見レポート] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック
Aug 10, 2007
『彩恋』スタッフインタビュー
「思春期に抱えている問題って、
その時は“生きるか死ぬか”の問題だったりするんですよね」(by飯塚 健)
仲良し三人組の高校3年生、ナツ、ココ、マリネ。女子高生三人の等身大の姿を、ユーモアを交えながらヴィヴィドに描き出した青春ラブ・ストーリー『彩恋』(8月4日~新宿オスカーほか全国〈地方は順次〉)。監督は弱冠28歳の新鋭・飯塚健。22歳で自主制作映画『サマーヌード』(2002)を発表し、目下脚本家としても活躍中だ。
「最初から“女子高生を書く”というのはありましたが、勿論それ以外の大人も出てきます。でも見え方として、大人たちよりも女子高生が大変なように見せたかったんです。こんなに大人をライトに描かなくてもいいとも思うんですけど、思春期に抱えている問題って、その時は“生きるか死ぬか”の問題だったりするんですよね」。
これは、恋や将来の夢、そして家族の問題等、多感な思春期を一所懸命に生きる女子高生を軽快なリズムで描いた作品だが、老若男女問わず楽しめるはず。 とにかくセリフが絶妙で、恋のタイミングを逃した時の「逃した魚は大きいよ。今は大きくなくても大きくなるの。逃したから成長しちゃうの!」なんていうセリフには、思わず唸ってしまう程だ。
「あと5歳若かったら違いますけど、今時の18歳がどんな言葉で、どんな速度で話すのか、今は判らないですね(笑)。ただ、渋谷の女子高生とか、現代の女子高生ではなく、普遍的な女子高生を描きたかった。それに、女子高生だからこんなセリフというより、キャラクターとして喋ってもらう感じが大きいですね。彼女たちには10年後もこんな感じで話していて欲しい(笑)」。
そんな監督はどんな高校生時代だったのだろう? 「いい思い出が多いですね。男の子だったので、女子にモテることを考えていたし、バンドも写真もかじったし(笑)。でもその頃から映画監督になろうと思っていました。映画監督って未知な世界だったので、周りも判断しようがなくて、へーって感心していました(笑)」。
映画だけでなく、小説や脚本も書き、「それぞれがいいバランスで影響し合っている」と語る飯塚。その根底に共通してあるテーマは“生きる”だという。そんな、若々しい感性と才能、1つ見据えてテーマを持つ飯塚が、大人への第一歩をポジティブに描いた本作に、子供たちは勇気づけられ、大人たちは過ぎ去ったあの頃に胸をときめかせるはずだ。
取材・文=勝丸 京子/Kyoko KATSUMARU(ライター)
プロフィール
飯塚 健/Ken IIDUKA
1979年生まれ。群馬県出身。2002年に自主制作映画『サマーヌード』で監督デビュー。中篇『金髪スリーデイズ35℃』(2003)、気鋭の監督5人が天使をモチーフに競作したオムニバス『天使が降りた日』(2005)を経て、監督4作目となる『放郷物語』(2006)では、劇場公開に合わせて同名小説も自ら執筆。また、演劇ユニット“時速246”に参加、旗揚げ公演「ファニーバニー」では脚本と演出を担当、好評を博した。若手の注目株。
『彩恋』
エム・エフボックス/飯塚 健 作品
2007年/日本/91min./カラー/
ヴィスタ/ドルビー(SRD:SR)
(C)2007「彩恋」製作委員会
8月4日~新宿オスカーほか全国〈地方は順次〉
2007 08 10 [記者会見レポート] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック
Jul 28, 2007
『ミディアム 霊能捜査官アリソン・デュボア』スタッフインタビュー
「7年間、犯罪捜査に協力したけど、事件の質は変わらないわ」(by アリソン・デュボワ)
実在する女性霊能者、アリソン・デュボアをモデルにした、犯罪ミステリー『ミディアム 霊能捜査官アリソン・デュボア』。2005年に全米NBCネットワークで放送が開始され、高視聴率を記録した本作。日本では2006年にWOWOWで放送が始まり、以降人気番組となっている。全米では既に「シーズン4」放送が決定した。
この作品は、パトリシア・アークネット演じる霊能者(ミディアム)のアリソンの、特別な能力で犯罪捜査に協力しながらも三人の娘を持つ主婦である、という葛藤をも描いたリアリティ溢れるドラマだ。
「7年間、犯罪捜査に協力したけど、事件の質は変わらない。アメリカは殺人事件が多く、目を覆いたくなるような悲惨な事件も見てきました。これまで逮捕した犯人の中には史上希にみる残虐な殺人者もいたんです。でも、子供が性的な暴力を受けてそのまま殺されてしまう事件ほど悲惨なことはないわ」と神妙な面持ちで語るデュボア。日本での熱狂的な声援に応え、先日、遂に来日が実現した。
ドラマのオファーがあった時は既に犯罪捜査を手伝っていたという彼女に、“全てのエピソードがリアルなのか?”と聞いてみると……。「中には実体験に基づいたものもありますが、多くのエピソードは私の人生ではありません。基本はまず、架空の殺人事件があり、“私だったら、私たちの家族だったらどう対応していくのか?”ということからドラマを創り上げていきます」。
ほぼフィクションとはいえ、このドラマの魅力は、本名が使われていることからも判るように、彼女のリアルな生活や苦悩までもが描かれていることだ。『トゥルー・ロマンス』(1993)等で知られるアークエット扮するアリソンは、時に死者からメッセージに翻弄されたり、時に子育てや家族と仕事の両立に悩んだりする。
「パトリシアは才能があるし、何と言ってもいい母親。彼女が演じると知ってとても嬉しかったわ。彼女は撮影前に私の家まで来てくれたの。そして、役作りのためにリーディング(霊視)してくれないか、って言ったの。彼女、私がどういう表情で、どんな流れでリーディングするかをメモしていたわ。家族ぐるみでお付き合いしてるんだけど、私がどんな人間なのか、家族にどう接しているのか、素の私を理解した上で演じてくれているのが良かったと思う」。
その一方で、特殊な能力を持った彼女を支える家族の姿もリアルで、多くの人たちから共感を得ている。特に彼女を献身的に支えるジェイク・ウェバー演じる夫、ジョーの存在は、全米でも日本でも大人気だ。
「女性は皆、彼に夢中になるし、男性はジョーに同情してしまうようですよ(笑)」。
このドラマへの参加に対して、実際のジョーはどんな反応だったのだろう? 「ジョーが言ったことは“君を普通の女性だと思っていないよ”(笑)。彼は本当に私の能力に対して理解とサポートをしてくれています。今回の企画も、メディアによって普通の人が死の世界の存在を理解し、今の人生をより良いものにする機会を作り、犯罪に対する警鐘を鳴らすことが出来るかもしれないから、と賛成してくれました。それにこういう能力を持った子供たちへの理解を深められますからね」。
スピチュアル・サスペンスでありながら家族ドラマとしても楽しめるこの作品が、数多く見られるようになったアメリカ製TVドラマの中でも優れた1本であることは間違いない!
取材・文=勝丸 京子/Kyoko KATSUMARU(ライター)
プロフィール
アリソン・デュボア/Allison DUBOIS
1972年1月24日生まれ。アメリカ、アリゾナ州出身。6歳から死者の声が聞こえるようになり、彼らのビジョンを追体験するようになる。地方検察官志望し、アリゾナ州立大学在学中に検事局でインターンとして働き始めるが、やがてプロの霊能者、プロファイラーとして活躍する。2000年にテキサス州少女誘拐事件の遺体捜索に協力、2002年にはユタ州での誘拐事件で犯人像を通知する等、全米の失踪事件や殺人事件の捜査で尽力してきた。本作にはコンサルタントとして参加。リアルで共感を呼ぶ作品創りに貢献している。ドラマ同様、夫ジョーや三人の娘がいる主婦だが、捜査への協力、講演、著者の出版と、ドラマのヒロイン以上に忙しい日々を送っている。
『ミディアム 霊能捜査官アリソン・デュボア』
“MEDIUM”
PHE/TVシリーズ/2005年~/アメリカ/
カラー/1話約42分/
ヴィスタ/ドルビー(SRD:SR)
レンタル season1
vol.1~vol.3 8月3日スタート
vol.4~vol.7 8月24日スタート
セル season1
全16話(4枚組) 12,600円 9月21日発売
※season1 WOWOWにて放送中
2007 07 28 [記者会見レポート] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック
Jul 20, 2007
『石の微笑』キャストインタビュー
「人生にルールなんてない。人生は常に変化しているもの」
by ブノワ・マジメル

互いに惹かれ合い、情熱的に愛し合うフィリップ(ブノワ・マジメル)とセンタ(ローラ・スメット)。しかし甘美だったはずのその愛は、不可解な行動と言動で次第に狂気の色を強めていくセンタによって、やがて衝撃の結末を迎える……。
ヌーヴェルヴァーグの巨匠、クロード・シャブロルが男女の愛欲と官能のサスペンスを描いた最新作『石の微笑』(6月30日~渋谷Q-AXシネマ〈レイト〉ほか全国〈地方は順次〉)。好調な動員を受けて7月21日(土)~27日(金)の追加上映が決まったこの作品について、主演のブノワ・マジメルはこう話す。
「シャブロル監督は“女性が世界を動かしている”という考えに基づいて創っているんだと思う。極端だけど、女性が全ての原動力となり男性は操作されているような、ね」。マジメル演じたフィリップは女に翻弄される男。女郎蜘蛛の糸に絡められた獲物のように、もがきながらもその狂気へと引き寄せられていく難しい役どころを美しく気高く演じている。
そんな彼に、センタが示す“人生の4つのルール”、“木を植える。詩を書く。同性と寝る。誰でもいいから殺す”について聞いてみると……。「“木を植える”はいいことだと思う。“詩を書く”も出来るし。むしろ書いたことがあるし(笑)。でも“同性と寝る”ことは難しいね。やり方を知らないし(笑)。それに“誰かを殺すこと”もチャンスに恵まれたことはないね。……よくよく考えてみれば、そんなこと言われたら、普通の男たちは逃げてしまうけど、僕の演じたフィリップは最後までセンタと一緒にいるからね。大した男だと思うよ(笑)」。
12歳で俳優デビューを果たし、今年で俳優生活21年目を迎えたマジメルに人生のルールというのはあるのだろうか?「ルールなんてない。人生は常に変化しているもの。ルールなんてものは人生に適応できないと思う」と言い切る。では人生の目標は……? 「それは自分で映画を製作することだね。役を待っているだけの俳優なんて全然興味ない。俳優は成功を収めてある程度の力を持つことができたら、企画を立てたり、才能溢れた人々を集めてクリエイティブなことをするべきだと思う。実は3、4前に『スズメバチ』(2001)の監督フローラン・エミリオ・シリとアルジェリア戦争をテーマにした映画を創ったんだ。フランスはあまり自分の国の歴史を映画化しないし、特にこの題材はタブー視されていたんだよ。もちろん、俳優として映画作家の要求に答えることは大切。でも、自分から刺激を与えてクリエイションに参加することが大切だと思う」。
今回のインタビューでの彼の言葉には、フランス映画界を担う映画人としての自信が満ち溢れていた。
取材・写真・文=勝丸 京子/Kyoko KATSUMARU(ライター)
プロフィール
ブノワ・マジメル/Benoit MAGIMEL
1974年5月11日生まれ。フランス、パリ出身。エチエンヌ・シャティリエの『人生は長く静かな河』(1988)のモモ役で注目を集める。アンドレ・テシネの『夜の子供たち』(1996)でセザール賞有望若手男優賞にノミネート。その後映画、舞台、TVと一気に活躍の場を拡げた。ディアーヌ・キュリスの『年下のひと』(1999)で共演したジュリエット・ビノシュと結ばれ、一児をもうけて話題を集めた。その他の主な出演作に、『シングル・ガール』(1995)、『王は踊る』(2000)等、多数。ミヒャエル・ハネケの『ピアニスト』(2001)ではカンヌ国際映画祭最優秀男優賞に輝いている。
『石の微笑』
“LA DEMOISELLE D’HONNEUR”
CKエンタテインメント/クロード・シャブロル作品
2004年/フランス=ドイツ/カラー/107min./
ヴィスタ/ドルビー(DTS:SR)
6月30日~渋谷Q-AXシネマ〈レイト〉ほか全国〈地方は順次〉
※R-15 指定作品
2007 07 20 [記者会見レポート] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック
Jun 15, 2007
『恋する日曜日 私。恋した』スタッフインタビュー
「芯の強さがあるし、感性が強い子。彼女が長く映るシーンは撮っていて心地好かった」(by 廣木隆一)
数々のTVドラマで活躍し、最近では『アルゼンチンババア』(2007)で役所広司、鈴木京香らベテラン俳優との共演を果たした掘北真希。そんな彼女が“余命3ヶ月の女子高生”という難役に挑戦したんが、『恋する日曜日 私。恋した』(6月8日~新宿トーアほか全国〈地方は順次〉)だ。メガホンを取った廣木隆一は彼女の魅力を、「芯の強さがあるし、感性が強い子。彼女が長く映るシーンは撮っていて心地好かった」と語る。
17歳の二宮なぎさ(堀北)に突然訪れた“余命3ヶ月”という宣告。なぎさは自らの足跡を確かめるように、小さい頃に過ごした海辺の町へと旅立つ。そこには幼馴染であり、初恋の人、聡(窪塚俊介)がいたのだ。まるで昔に戻ったように過ごす日々の中、なぎさの想いは深くなってゆく、しかし、聡は人妻の中山絵里子(高岡早紀)と不倫を重ねていた。病気のことも、恋心も告げぬまま、なぎさの残された時間は淡々と過ぎてゆく……。
余命3ヶ月の女子高生、いかにも最近多い感動的なドラマが待っていそうだが……。「“余命3ヶ月”っていうと凄い大感動があるのだろうな、って思いますよね。でも、ストーリーのうねりも大きくないし、芝居も大げさではありません。その線引きというのは……。僕が自分で見ていてダメなんですよ、そういうの。ウソっぽくするのはやめようと思っていました」。
主人公に“死”というハードルを設け、これまでの『ヴァイブレータ』(2003)『やわらかい生活』(2005)と同様に、じっくりと主人公を捉え、感情を映し出していく。「彼女が映っていないカットはないぐらいだったので、なぎさと僕らの距離感が一番難しかった。ベタベタでもいけないし、その逆でも。それと彼女に自由に動いて欲しかったので、(カメラは)手持ちにしました。余命3ヶ月と聞いたなぎさはきっと落ち着かない心境だと思います。手持ちなら、そんな彼女がどこへ行こうとどう動こうと映せますから」。
これまで多くの女性を描いてきた廣木。その理由を尋ねてみると、「“女性を主人公にした作品が多い”って言われますけど、基本的に男だから女だからって言うのはないですね。でも、女の人を主人公にした方が見えてくることがあるとは思います。女性の凛々しさに惹かれます」。最後にいい女優の条件を聞いてみた。「いや、それが判っていたら皆が良い女優になっちゃうし(笑)。うーん。わがままで欲張りかな……。でもよく判らない。結局、ハートで演じられるかどうかですよ。でもそれが一番難しいんだよね」。
『ヴァイブレータ』で寺島しのぶを一躍スターダムに押し上げた廣木が女優・堀北真希のどんな魅力を引き出したのか、あなたの目でぜひ確かめてみて!
取材・写真・文=勝丸 京子/Kyoko KATSUMARU(ライター)
プロフィール
廣木隆一/Ryuichi HIROKI
1954年(月日不詳)生まれ。福島県出身。『性虐! 女を暴く』(1982)で監督デビュー。ピンク映画、ロマンポルノで数多くの作品を手掛け、1989年に『童貞物語4 ボクもスキーに連れてって』で一般映画に進出。以降、女性を描いた作品に冴えを見せ、寺島しのぶの魅力を十二分に引き出した『ヴァイブレータ』(2003)では映画賞を総なめにした。本作はTVシリーズ(2005)と劇場版第一弾(2006)に続くメガホンとなった。その他の作品に『夢魔』(1994)『不貞の季節』(2000)等、多数。公開待機中の作品に『M』(2007)がある。
『恋する日曜日 私。恋した』
エム・エフボックス/廣木隆一作品
2007年/日本/97min./カラー/
ヴィスタ/ステレオ
6月9日~新宿トーアほか全国(地方は順次)
©『恋する日曜日 私。恋した』製作委員会
2007 06 15 [記者会見レポート] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック
Jun 14, 2007
『選挙』スタッフインタビュー
「1票が普通にカウントされて、その通りの結果に……ならない。その衝撃が原点でした」(by想田 和弘)
2005年秋、「小泉劇場」の真っ只中。東京で気ままに切手・コイン商を営む“山さん”こと山内和彦は、ひょんなことから自民党に白羽の矢を立てられ、市議会議員の補欠選挙に出馬することに……。政治家とは全くかけ離れた人生を送ってきた山さんに、果たして勝算はあるのか? そして、山さんの選挙から見える“ニッポン民主主義”の本質とは?
私たちが知っているようで知らなかった“選挙”に光を当てた映画『選挙』(6月9日~シアター・イメージフォーラムほか全国〈地方は順次〉)。ナレーションや音楽を入れないシンプルな構成のこの“観察映画”を手掛けたのは、これまでテレビのドキュメンタリー番組等を数多く創ってきた、ニューヨーク在住の気鋭の映画作家、想田和弘だ。
「きっかけは2000年のゴアとブッシュの選挙を目の当たりしたこと。いわゆる「フロリダ再集計事件」です。それまでは1票入れれば普通にカウントされて、その通りの結果になると素朴に信じていたんです。ところがそうでもないことに衝撃を感じて……。“いつか選挙のドキュメンタリーを創りたいな”と思っていたところ、大学のクラスメートである山さんが自民党から立候補するって聞いて、“コレだ!”って(笑)」。
“選挙”“自民党”と聞けば、何やら真面目な作品に思えるのだが、実は“山さん”の強烈なキャラクターのお陰で一味違ったドキュメンタリーに仕上がっているのだ。「あはは。山さんは自民党とは対極にいる人だから(笑)。自由人で組織に属したことないし。でも、そのミスマッチが映画になるだろうな、と思ったんです」。その狙い通り、スーツを一着も持っていなかった山さんが、伝統としきたりと上下関係を重んじる自民党の中で孤軍奮闘する姿が何とも笑いを誘うのだ。海外の映画祭でも山さんの人気は高く、上映後に観客から拍手喝采で迎えられ“どんなにいじめられても決して腐らないのは、聖人並みの精神力”“痛々しいほど純粋”と称賛を浴びたという。
「今回、友達だから撮れたという側面がありますけど、だからといって撮影中はベタベタしないようにある程度の距離を保っていましたね。かっこいいところだけじゃなく、むしろ失敗しちゃってるところをたくさん撮っていますし(笑)。友達なのに酷いヤツだと自分でも思いますよ(笑)。でも、彼の格好悪い姿を含め、両面を描いてこそ観客は山さんに共感できるのだと思うし、それを目指しました。だから文化や国の違う人に、山さんを魅力ある人間として見てもらえてホントに嬉しかったですね」。
更に、山さんという人物を通して選挙を描いた監督には、もう1つ判ったことがあるのだという。「“選挙がどのように運営されているのか?”“自民党にはどんな勝利の方程式があるのか?”をポイントに編集しているうちに、ふと気付いたんです。この映画は選挙が直接的な題材だけど、本当の主人公はこの選挙を規定している日本の文化や社会、日本人そのものなんじゃないかなって」。そこには私たちが気付かなかった“ニッポン”があるはずだ。
取材・写真・文=勝丸 京子/Kyoko KATSUMARU(ライター)
プロフィール
想田 和弘/Kazuhiro SODA
1970年6月12日生まれ。栃木県出身。1993年からニューヨークに在住。フィクションやドキュメンタリー等、幅広く映像製作を手掛け、現在に至る。1997年、学生時代に監督した短篇『ザ・フリッカー』がヴェネチア国際映画祭銀獅子賞にノミネートされた。これまでに手掛けたドキュメンタリー番組は40本以上。観察映画シリーズの第1弾として撮り上げた本作は、第57回ベルリン国際映画祭フォーラム部門正式出品作品となるなど、大きな話題を呼んでいる。
『選挙』
“CAMPAIGN”
アステア/想田 和弘 作品
2007年/日本=アメリカ/カラー/120min./
デジタル上映(16:9)/ステレオ
6月9日~シアター・イメージフォーラムほか全国〈地方は順次〉
(C)Laboratory X, Inc.All rights reserved.
2007 06 14 [記者会見レポート] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック
May 24, 2007
『インビジブル・ウェーブ』スタッフインタビュー
「浅野さんは、今まで仕事をさせて頂いた俳優の中で
一番信頼できる人物です」(byペンエーグ・ラッタナルアーン)
主演の浅野忠信、監督のペンエーグ・ラッタナルアーン、脚本のプラープダー・ユンら、『地球で最後のふたり』(2003)の強力メンバーが再びタッグを組んだ。それが、愛する人を殺め、全てを失った男が、海から海へと漂いながら本当の自分を見つめる新感覚ロードムービー『インビジブル・ウェーブ』(5月26日~シネマート新宿、シネマート六本木ほか全国〈地方は順次〉)だ。今回、PRのために来日したラッタナルアーンとユンがインタビューに答えてくれた。
早速、再び主演に浅野忠信を迎えた理由をラッタナルアーンに聞いてみると、開口一番、「今まで仕事をさせて頂いた俳優の中で一番信頼できる人物です」と絶賛。「実は前作でご一緒させて頂く前に、『殺し屋1』(2001)で既に浅野と組んでいた三池崇史監督に“浅野さんには、どういう演出をすればいいのでしょうか?”と質問をしたことがあります。すると“彼は一年のうちで、オファーを受ける作品よりも断る作品の方が多いから、君の仕事を引き受けた以上、君はもう何もしなくても大丈夫”と言われたんです(笑)。彼には、本当に特別な演出など必要なかったですね。もう“お任せ”という感じで、リハーサルもそこそこに、すぐに“本番”の撮影に入りました」と続けて浅野の魅力を語った。
更に、前作のスタッフの一人、撮影のクリストファー・ドイルとの関係もより一層親密になり、前作より早い段階で作品のビジュアルスタイルが確立、集中して撮影に臨むことができた、とラッタナルアーンは言う。「今回は“空間をもたせる”という点にこだわりました。常に顔のクローズアップを撮るのではなく、主人公の漂っていたり、迷っていたりする、ふわふわした感情を捉えるために、奥行きのある背景やシチュエーションを選ぶようにしました。とはいえ、車の中でのシーンなどは奥行きをもたせて撮影するにはある程度の制限がありましたので、俳優の表情に頼ったりすることもありました。その時の状況に応じて、ベストの画を撮れたのが今回の作品だと思っています」。
最後に二人に、監督として、脚本家として、お互いどんな存在かを尋ねてみた。「僕を一人のアーティストとして理解してくれていますし、お互いの領域には踏み込まないというか、ある程度のスペースが必要だということをきちんと認識してくれています。他の監督では、こうはいかないですね。監督の意見が100%で、その監督の指示に従うことを求められますからね」(ユン)。「小さな作品であれば、自分で脚本を書いてしまうのですが、今回のような大きな作品になると、期待度も高くなりますし、そういった場合は、プラープダーにお願いしています。やはり彼の作品は、僕のものに比べると論理的ですし、文才もある。それに僕以外の人間で、僕の頭の中でイメージしていることを一番近い感性で理解してくれるのは、プラープダーしかいません」(ラッタナルアーン)。
タイを代表するアーティスト二人がコラボレーションした本作から、タイの新たな魅力が発見できるかもしれない。
取材・写真・文=勝丸京子/Kyoko KATSUMARU(ライター)
プロフィール
ペンエーグ・ラッタナルアーン/Pen-Ek RATANARUANG
1962年生まれ(生月日不詳)。タイ、バンコク出身。デザイナーとして活躍後、1997年に“FUN BAR KARAOKE”で長篇映画監督デビュー。以後、独特な空気感が漂う作品を発表し続け、『地球で最後のふたり』(2003)では、主演の浅野忠信がベネチア国際映画祭コントロコレンテ部門主演男優賞受賞という快挙を成し遂げた。その他の作品に『6IXTYNIN9 シックスティナイン』(1999)『わすれな歌』(2002)等がある。
プラープダー・ユン/Prabda YOON
1973年(月日不詳)生まれ。タイ、バンコク出身。タイ最大の英字新聞“The Nation”の編集主幹で国民的ジャーナリストでもある父と、元雑誌編集長の母を持つ彼は、兵役後すぐに新聞やテレビ・ドラマ脚本の執筆活動をスタート。2000年に短編小説「直角の都市」「あり得た可能性」を発表する。また、そうした執筆を続ける一方で、他の芸術分野への関心も旺盛で、作家、評論家、編集者として、映画『地球で最後のふたり』の原作と共同脚本を執筆するなど、幅広く活躍している。タイの若者たちからのカリスマ的な人気を誇る。
『インビジブル・ウェーブ』
“INVISIBLE WAVE”
エスピーオー/ペンエーグ・ラッタナルアーン作品
2006年/タイ=オランダ=中国=香港=韓国/カラー/115min./
ヴィスタ/ドルビー(SRD:SR)
5月26日~シネマート新宿、シネマート六本木ほか全国(地方は順次)
2007 05 24 [記者会見レポート] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック
Apr 24, 2007
『ドレスデン、運命の日』スタッフインタビュー
「第二次世界大戦を含め、いろいろな出来事が歴史になっていく。それは仕方のないことです」(byローランド・ズゾ・リヒター)
第二次世界大戦下のドイツをこれまでと違った角度から描いた映画が公開される。それが『ドレスデン、運命の日』(上映中~シャンテ シネほか全国〈地方は順次〉)だ。“エルベのフィレンツェ”と讃えられた、ドイツ一の文化と芸術を誇る美しい街、ドレスデン。この作品は、大戦末期、ドレスデンが連合軍の空襲で壊滅的被害を受ける悲劇の一日までを、一組の恋人たちを軸に描いている。
監督は本国ドイツを始め日本でもヒットした『トンネル』(2002)を手掛けたローランド・ズゾ・リヒター。「創った動機はいろいろとありますが、大きく言えば、ドレスデンの聖母教会の再建が終了したこと。そして、これまで多く描かれてきた“ドイツが悪かった第二次世界大戦”という視点とは違った作品を創りたかったことです」と言うリヒターは、続けて映像化に対するテーマをこう語った。「あの晩の出来事を完全に映像化することは不可能です。ですが、あの晩の生死を間近で体験した人たちが納得するような形で映像化したかった。現実の中の僅かパーセンテージしか映像化出来ないことを意識しつつも、やはりそこに拘って映像化するのが芸術家としての責任だと思いますから」。
連合軍とドイツを中立的な立場で描きながらも、空襲で燃えるドレスデンを映すリアリティ溢れる映像は、私たちに戦争の恐ろしさを痛感させる。しかし、“戦争”の風化が進んでいるのは日本もドイツも同じだという。「第二次世界大戦を含め、いろいろな出来事が歴史になっていく。それは仕方のないことです。特に若い世代にとっては、第二次世界大戦は言葉の上でも前世紀の出来事となってしまったのです。ですから私たちは、若い世代が過去を振り返った時、歴史に目を向けるための窓をきちんと開けておかなればいけないと思います。実際に何があったのかを認識しなければいけない。そして忘れず、“繰り返してはいけない”と思わなければいけない。そのために私たちは窓を開けているのだと思います」。
そして、最後に力強くこう語った。「今後も人の心を動かすドラマを、歴史に関連するテーマで描きたいと思っています。観客がそれを求める限り……」
取材・撮影・文=勝丸 京子/Kyoko KATSUMARU(ライター)
プロフィール
ローランド・ズゾ・リヒター/Roland SUSO RICHTER
1961年1月7日生まれ。ドイツ、マールブルグ出身。長篇デビュー作“KOLP”(1985)でドイツ連邦映画賞を始め、多くの賞を受賞。2002年の『トンネル』はドイツで700万人を動員し、世界中の映画祭で大絶賛を浴びた。2003年には『Re:プレイ』でハリウッドにも進出。今後の活躍が期待される監督だ。その他の作品に『大破壊』(1994) 『14日』(1997)等。
『ドレスデン、運命の日』
“DRESDEN”
アルバトロス/ローランド・ズゾ・リヒター作品
2006年/ドイツ/カラー/150min./
ヴィスタ/ドルビー(SRD:SR)
©ZDF 2006 ALL RIGHTS REZERVED.
4月21日~シャンテ シネほか全国(地方は順次)
2007 04 24 [記者会見レポート] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック
Apr 10, 2007
『13/ザメッティ』スタッフインタビュー
「僕のグルジアでの体験が作品に影響しているとすれば、
暴力に関するストレートな表現かもしれない」
(byゲラ・バブルアニ)
13人のプレイヤーに大金を賭け、集団ロシアン・ルーレットでその生死を競わせる。そんなゲームに巻き込まれたグルジア移民の青年の運命を、陰影に富んだモノクロの映像で描いた『13/ザメッティ』(公開中~シネセゾン渋谷ほか全国〈地方は順次〉)。この衝撃的内容の作品を創ったのは、物語の主人公と同じようにグルジアからフランスに移民した新人監督のゲラ・バブルアニだ。
グルジアでは1989年の“ベルリンの壁崩壊”後、汚職、派閥闘争、銃撃戦、そして死までもが日常的な出来事になったという。そんな環境からバブルニアが抜け出せたのは17歳の時。父のテムル(・バブルアニ。グルジアの有名な映画監督)がフランスへ留学させてくれたからだ。「僕のグルジアでの体験が作品に影響しているとすれば、暴力に関するストレートな表現かもしれない。それは、自分がオブラートに包まれていない暴力を見てきたということもある。それに、若い時に感じた苦痛だとか辛いことの体験がこの作品の暴力的なシーンに間接的に、あるいは直接的に影響しているのでしょう」。
そして、ロシアン・ルーレットで選ばれる“生き残るもの”と“死ぬもの”をこう隠喩しているのだという。「ロシアン・ルーレットのシーンにメタファーとして盛り込みたかったのは、“殺さないまでも他者を排除することで競争社会の中でのし上がっていける”“常に他人より上手くやることが生きていくための得策だ”という人生の構図が世界に蔓延しているということ。それについて特別考えを述べているわけではありませんが、それが現実だということです」。
冒頭から不穏な雰囲気漂う映像には緊迫感が溢れ、観る者をぐいぐいとひっぱっていく。とにかく余計なものを排除したシンプルな構図は、ありがちなミュージック・ビデオ出身の監督たちとは対称的で、主人公の緊張感をより引き立たせている。「いろんな要素が融合してあの緊迫感が生み出されていると思います。役者の演技も編集の問題も、演出の問題もあります。ただ大事なことは、どの瞬間にカメラをどこに置くかということ。例えば観客にとっては、進行役の人間の震える足を映す方がピストルを映すよりももっとストレスフルなことになるかもしれない。あるいはギャンブラーのコートの肩越しに少しだけ見える顔を映すことで画面に緊迫感を与えることができるかもしれない。技術だけではなく、自分が感じることをどう表現すればいいのか。それには、どの瞬間、どこに自分の関心を向けていくか感じ取り、積み重ね、少しずつテンションを高めていく。そういう創り方が大切だと思います」。
完成した途端、リメイクのオファーが殺到したが、最終的には自らの手によるハリウッド・リメイクが決まったバブルアニ。「カラーで撮る予定なんですが、正直、今は具体的に思い描いていません。今回、白黒でとても巧く表現できたものを、色を使ってどういうふうに雰囲気を出していくか。それは僕にとってまさにチャレンジ。恐らく現場でいろいろ考えて、いろんなアイデアを詰め込んで創っていくんだと思います」。“ファインダーを覗いてから構図を決める現場主義”という彼。どんなリメイク作を仕上げるのか期待したい。
取材・撮影・文=勝丸 京子/Kyoko KATSUMARU(ライター)
プロフィール
ゲラ・バブルアニ/Gela BABLUANI
1975年12月19日生まれ。グリジア、トビリシ出身。父親のテムル・バブルアニはグルジアの有名な映画監督。ゲラが17歳の時、テムルは子供全員をフランスに留学させた。映画とフランス語に夢中になったゲラは短篇を撮ることで映画創りを学ぶ。そして本作で長篇デビュー。2005年ヴェネチア国際映画祭最優秀新人監督賞を始め多くの賞を受賞した。ちなみに本作のセバスチャン役は彼の実弟ギオルギ・バブルアニ、セバスチャンの兄役はゲラ本人。本作は本人によるハリウッド・リメイクが決定。その他の作品に父親と共同監督した“L’HERITAGE”(2006)がある。
『13/ザメッティ』
“13TZAMETI”
エイベックス・エンタテイメント=ロングライド/
2005年/フランス/B&W/103min./
スコープ/ドルビー(SRD:SR) ※R-15指定作品
©2005 LES FILMS DE LA STRADA-QUASAR PICTURES
-SOLIMANE PRODUCTIONS-MK2
公開中~シネセゾン渋谷ほか全国〈地方は順次〉
2007 04 10 [記者会見レポート] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック
Mar 23, 2007
『クロッシング・ザ・ブリッジ~サウンド・オブ・イスタンブール~』キャストインタビュー
「自分の国をもっとよく知って、その心なども大切にしていければと思います」(by D J ヤクザ)
ヨーロッパとアジアの狭間で独特の文化を発展させてきたトルコ・イスタンブール。ここにはクラブサウンドとスーフィー(イスラム神秘主義)音楽を融合させた全く新しい音楽や、自らの人生や民族内にある反社会的なメッセージを込めた音速ラップ等、様々なジャンルの音楽が誕生し、クラブカルチャーの最先端として世界から注目されている。“何故、こんなにもイスタンブールの音楽は魅力的なのか?”。その秘密に迫ったのが、『愛より強く』(2005)でベルリン国際映画祭金熊賞を受賞したファティ・アキンのドキュメンタリー『クロッシング・ザ・ブリッジ~サウンド・オブ・イスタンブール~』(3月24日~シアターN渋谷ほか全国〈地方は順次〉)だ。
この作品に出演しているバンド“オリエント・エクスプレッションズ”のメンバーの一人、D J ヤクザはこう語る。「この映画のプロジェクトを聞いた時に、正直、イスタンブールの音楽シーンを1本の映画にまとめられるかが不安だった。だけど、撮るミュージシャンが全て決まり、最終的に映画を観終わって感じたのは、“イスタンブールの音楽シーンをちゃんと理解した人が撮った映画だ”と客観的に思えるぐらいまとまっているということでした」。
そんな彼、実は父親の仕事の関係で10代を東京の青山で過ごしている。やがてトルコに戻った後は、ラジオ番組を持ちながらDJ活動を本格化。民謡音楽家やジャズ演奏家たちとオリエント・エクスプレッションズを結成。2006年にはトルコ最大の新聞「Hurriyet」による“トルコのNo. DJ”に選ばれた実力者だ。ちなみに“ヤクザ”という名は、彼の生い立ちから来ているのだとか。「イスタンブールに戻った時、『ブラック・レイン』(1989) が流行っていて、日本から戻ったからニックネームでヤクザと呼ばれるようになったんだ」。
かつては貿易交流によって様々な文化や歴史が生まれたトルコ。しかし現代では、特に音楽の交流はトルコでもデジタル化が一般化しつつあるという。「デジタル配信の問題は世界中が抱えていますね。でも逆に言えば、簡単に、誰でもいい曲を探すことが出来る。僕たちDJにとっても、いい曲を探して広めることは重要なことです。それでもイスタンブールには、僕らも含め、若者たちにも自分たちのルーツである曲や歌手を尊敬し、受け継ごうとしている人がたくさんいます」。
そして彼は今後の目標をこう語った。「たくさんの音楽を聞いて、まだ誰も聞いたことのないような曲を紹介していきたいです。また自分の国をもっとよく知って、その心なども大切にしていければと思います。音楽のプロデュースにも挑戦したいですね」。
取材・写真・文=勝丸 京子/Kyoko KATSUMARU(ライター)
プロフィール
DJ ヤクザ/DJ Yakuza
生年月日不詳。トルコ、イスタンブール出身。トルコの伝統音楽とジャズ、エレクトロニック音楽を融合するイスタンブールの4人組バンド、オリエント・エクスプレッションズのリーダー。本名:ジャン・ウトカン。10代を東京の青山で過ごし、トルコに戻った後はFM局「RADIO OXY-GEN」で番組を持ちながらDJ活動を本格化させ、民謡音楽家やジャズ演奏家たちとオリエント・エクスプレッションズを結成。昨年末にはトルコ最大の新聞「Hurriyet」でに“トルコのNo.1 DJ”に選ばれた。
『クロッシング・ザ・ブリッジ
~サウンド・オブ・イスタンブール~』
“CROSSING THE BRIDGE:
THE SOUND OF ISTANBUL”
アルシネテラン/ファティ・アキン作品
2005年/ドイツ=トルコ/カラー
/92min./ヴィスタ/ドルビー(SRD:SR)
3月24日~シアターN渋谷ほか全国〈地方は順次>
2007 03 23 [記者会見レポー